はじめに
この本を手に取ったからには、あなたは自伝づくりに関心があるに違いない。もっとも、おかれた状況は様々だろう。率直に自分自身の伝記を書きたいと思っている方もいれば、頼まれて誰かを書くことになった方もいる。中には会社等組織に所属していてリーダーの立志伝を担当することになった、という方もいるかもしれない。
どのパターンであれ、自伝づくりは並大抵の仕事ではない。たとえ自伝の対象となる人物(自分自身であれ他人であれ)を知り尽くしていても、著者に卓抜した文章力があっても、長く険しい道のりである。膨大な人生を細かく断片化し、基礎から組み直す作業は、一人の人生を生き直すに等しい。
それだけに、艱難辛苦して仕上がった個人史が無味乾燥で冗長な代物になってしまったら残念だ。しかし、これはよくある結末で、実に多くの個人史が、かえって本人の魅力を損なう結果になっている現実がある。
良き個人史とは何か。答えは明確だ。個人史に託す目的そのもの、つまりゴール設定が明確で、その目的を完遂している作品である。縁あった人々に感謝を伝えたいと思って書いたのなら、それが伝われば良き個人史だし、面白い体験を書いて売りたいという人は、稼げる個人史が良き個人史となる。私の経験では、伝記に織り交ぜて他人の悪事を暴露し、社会的制裁を与えるのが目的という人物もいた。
目的へ到達するアプローチに文芸性が求められるのも個人史の特徴だ。人生を散文化し、文芸的な美意識をアレンジして読者の脳裏に狙いどおりのイメージを醸成する――これが理想である。単にあったことを並べて書くだけなら、年表でも箇条書きのデータベースでもいい。それを敢えてひと綴りの作品にしようと企てるからには、その真意を慮ることが大事だ。
本書で紹介する個人史のつくり方は、私が自伝屋として行っている業務上の方法である。個人史を書くにあたり大切だと思うことを、順を追って説明していく。それだけでは掴みづらいと思うので、実際に依頼者と折衝している模様を交えていく。参考にして、良き個人史づくりに挑んでいただきたい。