第1章 個人史をつくる前に
初めに何を考えるべきか
私の運営する代筆サービス「さくら作文研究所」は、法や倫理に抵触しない範囲であらゆる文章制作の執筆代行を引き受けている。舞い込む依頼は小説のような原稿用紙何百枚にもなる大規模執筆から、はがき一枚程度の短文制作(会報への寄稿、スピーチ、コピーライティング、各種お手紙――御礼、陳情、謝罪、糾弾等々)まで様々である。自称「ゴーストライティングの総合商社」だ。今の世の中、ちょっとした文例ならネット上にいくらでも落ちているが、それにもかかわらず問い合わせがあるからには、それなりにややこしい案件ばかりだ。その都度脳味噌を絞り、依頼者の希望になるべくかなう原稿をお納めしている。
無論、個人史も代筆のラインナップに含まれる。ひと口に「個人史」と言っても呼び方がいろいろある。自分史、自伝、自叙伝――それぞれに微妙なニュアンスの違いがあると思うが、本書では「個人史」で統一させてもらう。必ずしも著される当人が自ら筆を執るとは限らないからだ。 さくら作文研究所への個人史の依頼は、WEBサイトのメールフォームからやってくる。内容は毎度決まってこんな感じで、ごく短い。
『自分史を本にしたいですが、何から手を付けていいか分かりません。まずは見積りをお願いします』
おそろしく漠然としている。依頼者がどこの誰なのか、どのくらいの分量の原稿を求めているのか。本は何冊刷りたいのか。流通させたいのか。皆目分からないので料金の概算など立てられっこない。
かといって、メールを無視するほど私も薄情ではない。
個人史の作り方や出版方法など、普通に生きていて知るよしもない。それに、もしこれが自分自身の伝記を書いてほしい人の場合、問い合わせること自体に照れがあるかもしれない。「ざっくり問い合わせて親切そうなら少し話を聞いてみたい」……といった心持ちではなかろうか。
そんな心情はよく分かるので、私は懇切丁寧にお問い合わせにこたえる。
尋ね返すのは主に次の4項目だ。
これらの項目が一体何を意味しているのか、これから触れていこう。