第1章 個人史をつくる前に
3.何を訴えたいか(コンセプト)
依頼者に向かい「あなたは個人史を通じて何を訴えたいですか」と尋ねても、絞り切った重要事項をズバリと答える人はまずいない。それどころか、
「俺は誰かに何かを言いたいんじゃなくて、自分の人生を振り返りたいだけなんだ!」
と、とことん自分本位な本音をぶち上げる人がほとんどだ。
しかし、前項1「なぜ個人史を作りたいと思ったか」をはっきりさせたのと同じ理由で、明確な意図を持つべきである。前項1が対外的な理由付けであるのに対し、「3.何を訴えたいか」は内容に関する理由付けを行う。内容から抽出する最大のものを何とするか――簡単に言うとコンセプトである。
どんな個人史でも、コンセプトを定め、その方向性に従い、何らかの側面に絞り込むのがよい。そうしなければ、作品は総花的なものになり、苦労して書いた割に退屈なものが仕上がりがちである。事実と情報をかき集めて総合的・網羅的なものを作りたいなら、別に読み物の形態をとらず、年表や箇条書きのデータベースにした方がよっぽどよい。そこを敢えて読み物にするからには、作品の方向性を明らかにし、そちらに舵をきって話を進めるべきだ。そうすることでストーリーにコントラストが生じ、伝達効率が高まる。
ひとくちに個人史と言っても、ジャンルはある。
経営者なら事業史や起業史、スポーツマンならアスリート史、よき父よき母なら家族史、コレクションを集めて世界を回ったなら趣味史、豊かな人間関係を描くなら交友録……といった具合である。 個人史をどんなジャンルに属させるかを決め、さらにコンセプト、「何を訴えたいか」を決める。 例を示すと――
冒険記や紀行文も亜種の個人史といえよう。とある個人がとある場所を訪れ、そこで体験したことや考えたことを記していく。この形態の特色は、当人の人生のごく短い一定期間にのみ着目する点だ。何も生涯全般を網羅しているものだけが個人史ではない。一定期間に集中することで、伝えたいことを強調して読者に訴求できる。