文商 文田中

言葉の価値を開発提案する文章作成の総合事業

公開ライブラリ

『代筆家千夜一夜』

第1章 代筆家のおしごと

吾輩は代筆家である

1.代筆家は「書くことを代理する」

 代筆というのは、読んで字のごとく代理で書くということです。けれども、この代理という言葉は幅が広く、書くという言葉もずいぶん広い。

 代理で書くのか、書くことを代理するのか。まずこの違いに着目してみましょう。

 代理で書くというのは、依頼者から「こういうことを書いてくれ」と頼まれて、それを本人に成り代わって、過不足なく記すことです。どんなことを書くのか盛り込むべき内容を教わり、それをひと綴りの文章にする。口述筆記もこれに含まれます。口述筆記は、言われたことをそのまま筆録するものですが、実際には接続詞や助詞をあてはめたり、話者が曖昧にしたままの主語を補足したりするので、単純に丸打ちではありません。しかしそれをすることで発信者の意向を逸したら、まずい仕事と言えます。原則的に、代理で書くことを任された人間は、その内容に無関心・無関与であるべきです。機能的代筆というやつです。ちなみに、手の不自由な人の代わりに鉛筆を持って字を書いてあげることや、達筆(たっぴつ)な人が賞状や色紙の揮毫(きごう)を任されることも、これに含まれますね。

 もう1つの、「書くことを代理する」というのは、メッセージする人間になりかわりって書くこと。すなわち、発言者の人格を想定し、その人物の概念や思考傾向を演繹(えんえき)して作文する作業です。おそらくこれこそが、ゴーストライターに求められる職能でしょう。分かりやすい例として、アメリカ大統領のスピーチライターがあげられます。ライターは、大統領の公約や政策、外交方針、その他の機微を知り尽くした上で、いかにも大統領が書いたような(あるいはそれ以上の)原稿を仕上げます。

 書くという行為には、当人の人格的なもの、経験値、価値観、知性等々が、全てまとわりつきます。代筆家はそれを代理するのですから、ほとんど演技に近い世界といえるでしょう。

 私のクライアントには、大統領こそいませんが、政治家、社長さん、理事長、校長先生、PTA会長、病院長などなど、たくさんの方々がおられます。その都度、やり取りを通じてご当人の考えや人格をくみとり、それを反映させた原稿作りをお任せいただいています。もっともこれは、リーダーや組織のトップに限らず、どなたのご依頼でも同じです。お礼状、お詫び、謝罪といった手紙、社内報に載せるエッセイ、ご挨拶、祝辞、こういったもの全て、ご依頼者とご依頼内容を可能な限り知り、自分なりに咀嚼(そしゃく)し、原稿に落とし込むのです。

 ご依頼者の中には、文章に自信がないから依頼する人もいれば、普段なら書けるけど感情的な差し迫りがあって手につかなくなっている人もいます。忙しくて文章を考えたり書いたりする暇がないから頼まれる方もいます。

 私はこれらの人々の欠けていることを、修練した文章、ご依頼への客観性、専業としての潤沢な時間で補って差し上げるわけです。しかしただ補うだけでは、私個人が「代理で書いている」だけで、良き代筆とはいえません。求められているのは、「書くことを代理する」こと。良い作文ではなく、依頼者の人格を投影した作文です。そこから逸脱した原稿は全て失敗作です。そんな原稿は、時として、ゴーストライターの仕事だとばれます。お客様にとって、ゴーストライターを使ったことがばれることほど、体の悪いことはありません。

 わかりやすいところでは、文章の巧拙(こうせつ)は、調節しなければなりません。代筆のご依頼メール文があんまりお上手ではなかったなら、その方の原稿は、なるべくそれに合わせます。普段その人とメール等の文章のやりとりをしている人がいたとして、いきなり文章が上手になったら変ですよね。誰かに代わりに書いてもらったなと疑われて当然です。かといって、頑張って似せて書いた結果、読み手に文意が伝わらないのは、ご依頼者の意向に沿っておらず、これまたダメな仕事です。そこは押さえておかなければなりません。

 原稿にご依頼者の人格を投影する方法については、常より苦心(くしん)惨憺(さんたん)していますが、あまり難しく考えても、キリがありません。大まかなところを押さえておけば、大きな間違いは起こらないものです。それに、実にすばらしいことに、伝統的な文章作法の中にすでにその用意がなされています。たとえば、性別の書き分けにおいては、男性らしい文体、女性らしい文体が存在しています。年齢、職業、役職による言葉の選び方の差異も、明確です。手紙の頭語結語なんかには、上下関係の書き分けが備わっていますよね?

 ただ、考え方の違い、これだけは難しい。基本的に常識の範囲で尺度を合わせられるものですが、常識は人によって幅がある。私自身、自分は常識的なはずだと信じていますが、他人からどう映っているかは、わかりません。非道徳・反社会的という点では、まれに突拍子もない価値観のご依頼者がいらっしゃいます。悪い言葉でいうと「クズ」みたいな輩です。お手伝いをしたら反社の片棒担ぎになりそうだと思った時は、お断りしています。

 書くことを代理する――その真髄は、ご依頼者の人格を想定し、その人が周囲にどのように見られているかを勘案して適切な原稿作成を行うこと。これってホントに難しい仕事なんですよ。

文商 文田中

ふみしょう たなか