第1章 代筆家のおしごと
吾輩は代筆家である
名乗りはじめは急場しのぎ
代筆家という言葉は、2021年にふと思いついて使いはじめた呼称です。
頼まれた原稿を当人に成り代わって書く「ゴーストライティング」の仕事を長らく続けておきながら、私は自分の職業をなんと呼称するか、はっきり決めないままでいました。ご職業はと尋ねられて、ゴーストライターと答えることに、なんとなく引っかかっていたからです。横文字の上に、「ゴースト」なんてオカルトチックな単語が入っていると、なんだか不真面目なような気がしてですね……。
だからといって、安直に「ライターです」と名乗ると、これも問題。だいたい相手は「新聞記者ですか?」「雑誌やウェブのライターですか」と尋ね返してきます。それはちがう。私はいかなる媒体にも所属していない。「じゃあフリーライターですか?」と聞かれると、これも違います。フリーライターというのは、自分で題材を決めて、取材をして、原稿を書いてメディアに売り込む商売です。私の仕事は、依頼された原稿をお客さんの意向に従って書きあげること。だから、「フリーランスのライター」という意味では確かに「フリーのライター」だけど、「フリーライター」では無いのです。あいだに「の」の字が入るかどうかでニュアンスがまるで違うのです。ああ、めんどくさ!
――はて、何と呼んだらいいのだろう?
アイデンティティはたえず浮(うわ)ついていましたが、喫緊(きっきん)に自己紹介を必要とする機会がなかったので、答えを延々と先(さき)延(の)ばしにしていました。
ところがある時、全く違う分野のご縁なんですが、イラストレーションの個展を開催するお話をいただきました。そこでどうしてもパブリックに自己紹介しなきゃいけなくなったのです。だって、展示会の作家紹介パネルに、「職業:ゴーストライター」ってあるのは、何か変でしょう? イラスト作品より印象に残ってしまいそう。それはまずい。
で、「代筆業」はどうかと思ったんですが、普通、職業を紹介するときに、業種を名乗ることってないと思うんですね。エンジニアはエンジニアと名乗る。鉄鋼業とか自動車製造業とは言わない。これと同じで、固有の言い方で字面(じづら)を見ただけでどういう仕事かわかるような言葉がいい、と思いました。すると、ふっと脳裏に「代筆家」というコトバが降ってきたのです。特別頭を絞ったつもりはないんですが、その時点でフリーランス8年、副業期間を含めて10年、長らくモヤモヤと思いつめていたものが、ここで急に結晶化した感じです。
それ以来、代筆家を名乗っています。全然一般化された呼称ではないですが、字面を見ただけで、どんな仕事かわかりますよね? 漢字三文字。カタカナで「ゴーストライター」と名乗るよりは重みがある。まして「家」なんてついているから、お茶や舞踊のように宗家の格式めいたかおりすら漂(ただよ)う。いい呼び名をみつけたものだと思っています。