文商 文田中

言葉の価値を開発提案する文章作成の総合事業

公開ライブラリ

『代筆家千夜一夜』

第1章 代筆家のおしごと

吾輩は代筆家である

2.代筆の基本は「小説」

 代筆業は、依頼者も依頼内容も多種多様で、「これさえ押さえておけば大丈夫」という鉄板の留意事項はありません。これは代筆に限らず、映像制作やデザインワークなど、いわゆるクリエイティブワークはみな同じでしょう。私はかつて、広告制作の世界に身を置いていたことがあります。クライアントの意向を企画に落とし込み、広告表現のコンセプトメイキングをし、しかるのちにコピーライティングやデザインなど、制作作業にはいります。今はそれを文章一つに絞り込んでやっていますが、基本軸は変わりません。ご依頼者の意図を企画化し、伝える内容を絞り込んで、原稿を作成します。

 前職の経験以外で私の代筆の特徴を述べるとすると、「小説を視点にした原稿づくり」ということになるでしょう。もともと、私は大学時代に文芸サークルを立ち上げるなど、小説づくりに関心を持っていました。2020年に初めてゴーストライティングのサービスを立ち上げた時は、小説のみに特化していたくらいです。

 小説というのは、それ自体、完成した表現手法です。小説を起点にコミカライズ、アニメ化、映画化など、別メディアに移植されます。しばしば逆もありますが、ストーリーメディアの骨格は基本的に言葉に変換されうることから、小説という表現様式はいつだって物語表現のベースの役割を担っているのです。私はこの小説の特性をゴーストライティングに導入しました。受注するあらゆる原稿を、小説ないし小説の一部、劇中劇的なものと捉えて手掛けるのです。

 お手紙、祝辞、スピーチは、あたかも物語中に挿入される一節だと思って著すことで、定型から離れた行間を醸すことができます。しゃっちょこばって書くよりも、突飛さ、斬新さ、喜怒哀楽、慈しみといったものが、うまく浮かび上がってくるのです。逆に言うと、むしろそうしなければ、ヒト様の手紙を代わりに書くなんてナイーブな仕事は、かえって手がすくむというものです。「これは小説の一部だ」と思って、鷹揚(おうよう)かつ創造的な気持ちで臨むことで、おのずと文面は朗々とした、伝わりやすいかたちに仕上がります。書き終えたら時間をおき、ちょっと冷静になったところで再読し、その文章が確かに誠意に溢れるものなのか、感情をうまくコントロールできているかを吟味します。

 もっとも、小説自体の依頼や自分史などその他の長編原稿の場合、そのやり方だとかえって難しい場合もありますが。

 さて、さらに詳細に代筆業の要諦を語るとしたら、長文依頼と短文依頼で分ける必要があるでしょう。

 長文の依頼は、小説、自伝、社史、書籍用原稿といった、原稿用紙で50枚を超えるような高ボリューム・長丁場の作品です。こういう原稿は、依頼が来る時点で、お客様の方である程度の情報が揃えられています。多くの場合、お客さん自身が自分で書こうとしてうまくいかなかったり、時間がなくて書けなかったりしているだけで、なぜそれを書かなきゃいけないのかという根本的な部分はもう解決している状態なんです。

 長編原稿を書くにあたって留意する点は、原稿作成のテンションを、ご依頼者と確認し、調整しながら進めていくことです。家屋の建築に似ていると思います。設計士は最初に設計図を引きます。お客さんに提示して同意をもらい、見積もり金額にも合意をいただき、着工の運びになる。長編原稿も同じです。ご依頼をお受けし、最初にどんな原稿にするか企画構成案を出す。OKをいただいて執筆進行となります。合意の形成は、より良い作品作りの道標(みちしるべ)となり、問題があった時に解決する基準となります。

 ただ、建築と違うのは、代筆は工程の自在度が高いので、いろいろと外連(けれん)なことができるのです。最初に決めた通りにつくる「製造業」に徹するのも大事なんですけど、折々にお客さんに驚きや感動を与えるようなことを盛り込んで、「思ってたより面白い!」というサプライズを挿(はさ)む。そうしながらも、最初に決めた構成案・制作意図をゆるがせにしない。こういった所作が、作品のクオリティーを上げると同時に、お客様のリピートにつながってくるのです。

文商 文田中

ふみしょう たなか