文商 文田中

言葉の価値を開発提案する文章作成の総合事業

公開ライブラリ

『代筆家千夜一夜』

第1章 代筆家のおしごと

余はいかにして代筆家となりにしか

2.不安でのんきな零細稼業

 代筆業10年、ビジネスとして成功か。それとも不成功か。
 うーむ。答えを口に出すとそれが確定してしまいそうで怖い問いです。

 正直に申し上げて、お金儲けと考えると、断然失敗と言えるでしょう。赤字ではないし、かろうじて生活はできますが、正直なところ「サラリーマンしてる方がマシじゃね?」というのが実態です。しかし経済以外の、生活スタイルに限って考えると、自分一人でやれて、会社の上下関係はなく、お客とのやりとりも基本メールだけなので距離を保てて、自分の時間を目一杯取れる。なにより、朝寝ができる。私にとって朝寝は重要で、民間企業にお勤めの方には大変申し上げにくいのですが、「何十年も朝早起きして他人(ひと)の会社おっきくして何が面白いんだ?」という考え。というわけで、金銭的には頼りない零細稼業だけど、マイペースが確保されている点は最高のビジネスと断言できます。

 仕事自体も、地味な割に、いろんな人と接触を持てて、二つとない案件をお預かりするのですから、やりがいがあります。特に自伝の依頼は、成功者と称される人物の濃厚な人生を題材にとるわけで、そういった人と直接会って話を聞くのは実に面白い。長編原稿は富裕層ビジネスで、当人はいわゆる「お金持ち」。中流市民の私にとって伺う話は黄金郷世界の物語で、格差社会の下部分に居ながら、雲上人の世界を見聞できます。もちろん、苦労されたお話も一つ一つが見事な訓話です。

 短文の仕事もやりがいがありますね。創業10年を振り返ると、わずかですがご依頼傾向に変化が見られます。人々の喜怒哀楽のポイントが、微妙にシフトしているのです。そこにはたぶん、震災、パンデミック、不景気といったものがありそうですが、こういった社会推移とご依頼傾向の変化を照合し、長期的な社会のなりゆきを予測するのは、私の社会的関心を満たしますし、そういった知見は代筆業務に有意にフィードバックできます。あと、いつか私が大きな物語を書こうと思い立った時、リソースとなるのではないかなあ、なんて思っています。

 とまあ、のんきな代筆家生活ですが、いまの暮らしは私が40代半ばの働き盛りで、守るべきものが無く、健康だから維持できていると思います。その痩せた財布であんた老後どうすんのと問われると、返答に苦しみます。ぶっちゃけノープランなのです。まあ、やれるなら死ぬまでこの仕事をやりたいと思っています。サラリーマンのように定年はないのだから、年金を頂戴しながら、ライフワークとして自分の好きな文章で収入を得ることができれば最高ではないですか。代筆を頑張っても何の資格ももらえませんが、一応技術的な職業であり、この10年で経験値だけはやみくもに積み重なりました。ちょっと早めに脱サラしてリスキリングでゴーストライター道に踏み込んだと思えば、意外に的を射た転身だったといえなくもない。仕事自体は常に世の中にアンテナ張って社会を見つめるタイプのものなので、年を喰ってもボケたり浮世離れせず、人間らしい矜持を保ったまま暮らしていけるのではないかな……と願っています。

 先々の不安点と言えば、唯一の営業ツールであるWEBサイトの規格ですかね。いつまでも今のままではないでしょう。現在はお手製なのでノーコストですが、いつまで自力でソースコードを叩けるか、新規格デバイスに対応できるか――いずれ外注しなければならなくなるでしょう。ああ、お金が。

文商 文田中

ふみしょう たなか