文商 文田中

言葉の価値を開発提案する文章作成の総合事業

公開ライブラリ

『代筆家千夜一夜』

第1章 代筆家のおしごと

余はいかにして代筆家となりにしか

1.離合集散の草創期

 私にとって代筆は、最初は副業でした。

 2004年から地元鹿児島市の広告制作会社に勤務していて、2010年くらいから並行してこぢんまりとやっていました。副業といっても、収入を増やす意図はほぼありませんでした。
 はじめたきっかけは、長年病気療養していた友人が久しぶりにメールをくれたことです。

「退院したのでまた連絡を取り合いましょう」

 彼は大学時代に文芸同人サークルで一緒で、大学卒業後、遠方に帰郷し、離れ離れになっていたところ、長い病を得ていました。

 ぼくはうれしくなって、何か面白いことをやりたいと考えました。当時、業務でWEBサイト制作をしていたので、その技術を使って一緒に何か立ち上げようと提案しました。思いついたのは、彼が退院後に貸してくれた小説『千の小説とバックベアード』という作品にちなみ、依頼された物語を書くというWEBサービス。彼は二つ返事で了承しました。もっとも、「こんな仕事に客が来るわけがない」と思っていたと思います。ぼくもそうでした。あくまで相互につながりを持つための遊戯です。

 その後、文芸同人時代の他の仲間が加わって、5人でゴーストライターの連合隊となりましたが、依頼も問い合わせもなく、そのうち、サイトを作ったことすら忘れていました。

 作って一年後くらいの時、唐突に小説の依頼が来ました。原稿用紙10枚の企業案件です。まさか依頼が来るとは思っていなかったので、どう対処するか、緊急会議が招集されました。当時はまだスマートフォンがあるかないか。SNSもメッセ―ジアプリもメジャーではありません。フリーCGIで即席のチャットルームをこさえ、5人全員ログインして対応を協議したものです。

 しかし、大学同人時代は平和な友人関係でしたが、責任が絡むともろいことを学びました。みんな、他人と協調して何かを成すことが苦手。小説を書いてお金をもらうなんてプロでもないのに不遜だ、みたいな声も上がり、チームワークどころじゃありません。メンバー不協和の中、ちらほらとほかの依頼もきはじめました。結局、価値観の違いや生活の変化でチームは空中分解、事業設立のきっかけとなった友人が再入院したこともあり、最終的に自分一人になっていました(ということは、ぼくが一番の悪人だったのかもしれません)。

 人がいなくなっても依頼の案件はありましたので、一人で副業ゴーストライターを続けました。この頃は、代筆内容を小説に絞っていたので依頼が少なく、本業に差し障りがなかったのは幸いでした。問い合わせには、自分史的なもの、私小説風のオリジナル小説、自作小説を読んで感想がほしいといった依頼がありました。引き受けながら、よくまあメールが来るものだと思いました。私の作ったWEBサイトがそれほどSEO的に優れているとか、デザイン的に良いとは到底思えない。それでも来たということは、ひとえにニーズがあったのでしょう。違う言い方をすれば、うちくらいしか頼む先がなかった、と。

 当時のネット上の代筆業界は、いかにも個人の副業といった趣きの、ブログをちょっといじったような地味でダサいサイトが主流でした。その中で一番売れていると思しきサイトは、「マスコミに取り上げられました」として「副業で年収〇百万円達成」と書かれた記事を掲示していました。あーこの人も副業なんだなぁと思ったものですが、それでも先達ですから、サイトをつぶさに見て、いいところを盗もうと研究しました。

 当時の日本を振り返ると、2008年のリーマンショック以来、暗さが漂い、慢性的な不景気が続いていました。企業は政府の要請に従って就労のあり方を変革し、社員に副業を許可するところも出てきました。働き方改革という言葉はまだ聞かれなかったような気がしますが、ワークシェアリングやジョブ型思考など、新しい働き方が支持されつつありました。

 副業という言葉の魅力は、黒曜石のように秘めた輝きを放っていました。あの頃は、民主党政権でした。蓮舫議員が事業仕分けでバサバサと古い仕組みを切っていく姿をテレビでみて、これからはいろんなタブーが切り崩されていくのかなと、淡いことを思ったものです。賛否両論ありましたがね……。当時の世論はどこか浮ついた空気が広がっていたように思いますが、事業仕分け的思想がそのまま続けばどうなったか、それはわかりません。というのは、2011年に東日本震災が起こり、そういった気運は全て摘(つ)まれ、民主党政権も叩き潰されてしまったからです。

 2014年の10月に、10年勤めた広告会社を辞めました。職探しをしようと思ったのですが、ちょうど手元に長編小説の案件が残っていたので、しばらくそれに専心することにし、なおかつ、もうフリーになったんだから、小説以外の原稿も取り扱おうと、小説以外の作文も引き受ける代筆サービスのWEBサイトを立ち上げました。「さくら作文研究所」です。それがこんにちまで続き、2024年(令和6年10月)に創業10年の節目を迎えた、というわけです。副業期間を合わせると12年なんですがね。

 10年の間には、いろんなことがあったようななかったような――気がつけば10年経ってた、というのが本音です。儲かるわけでもなし。もし儲かるのなら、もっとたくさんの人がこの業界に参入するはずだと思いますが、現実に周りに誰もいません。おまけに超がつくほど労働集約型で、全てが個人にのし掛かる作業。誰もこんなしんどい事はやりたくないでしょう。毎日机に向かってパソコンで文章を書く日々。これで儲からないんですから。しいていえば、人付き合いが苦手な(億劫な)私にとって、人に会わずに済むのは良いことです。

 そうそう、10年経ったネット上の代筆業界はというと、先に触れた年収〇百万円の代筆サービスさんは、検索してももう出てきません。まっとうな就職を探して店じまいをしたのかもしれません。そのかわり、しっかりとした会社形式をとっている業者さんがいくつもあらわれました。手強すぎる競合たちです。従業員さんがいたりして、どうやってやりくりしてるんだろうと思います。きっとゴーストライティングだけでなく、印刷・製本・出版・流通など、手広くされているのでしょう。

 クラウドソーシングも増えていますね。1文字1円等の安価な担い手が大勢いて、デフレを起こしています。ところが、私のサービスに、そういうところとの比較を求めたり、クラウドライターを使うと明言して去った顧客はいないので、マーケット的には切り分けられているのかなと思います。

 料金設定については、申し訳なく思っています。2022年のロシアのウクライナ侵攻からエネルギー価格が高騰し、アメリカ連邦準備委員会の金利政策の影響もあって、世界的なインフレが起こりました。日本でもいろんなものの物価が上がりましたし、フリーランスの世界で悪名高いインボイス制度も始まりました。そんな中で、値上げをさせていただかざるを得ない状況も経験しました。今後のことを考えるといくらでも頭が痛むんですが、まだまだご依頼をいただけるうちは20年でも30年でも頑張ってきたいと思っています。

文商 文田中

ふみしょう たなか