文商 文田中

言葉の価値を開発提案する文章作成の総合事業

公開ライブラリ

『代筆家千夜一夜』

第1章 代筆家のおしごと

吾輩は代筆家である

3.小説代筆は共犯関係

 基本的に、小説のストーリーラインというものは、構造上、ジレンマが不可欠です。登場人物が葛藤に苦しんだり、物語世界に起こった理不尽が正論を歪めようとしたりする。そういったジレンマを通じて、物語は作者の言いたいことを浮き彫りにしていきます。つまり、どんな物語も哲学的な登攀(とうはん)、思想の試みなんだと思います。

 代筆のご依頼者は、ご自身なりにそういった思いの高まりを形にしたくて、小説の作成代行を私に依頼してこられるわけです。代筆者としては、そこをわきまえた上で物語化のお手伝いをするわけですが、やはりその時は、ご依頼者の思いに対し、否定・肯定を問わず、あるいは別角度から、提言をさせていただく場合があります。むしろなるべく積極的にしたほうがいいなと思っています。

 というのは、ご依頼者の持ち込まれるストーリーラインは、往々にしてどこか説得力に欠けているんですよ。必ずしもご依頼者の落ち度というのではありません。ストーリーに含ませている思いについて、客観性が得られていないことから生じる言葉の不足だったり、そもそも根本的に難解なテーマに挑んでおられるからだと思います。けれども、ご本人はいたって自信満々なんですよ。もう売れること間違いなしだと思っている。

 しかし、これをご依頼者の求めるままに、小説らしき文章のひと綴りに作り上げたとしても、ご依頼者のひとりよがりな思想は足腰が不安定なので、読んだ人はすぐに違和感を嗅ぎ取り、「なんだこれ?」と首をひねり、「こんなことを書く奴がいるの?」と蔑(さげす)む状況が起こりうるのです。

 私としては、なるべくそういうことは避けたい。その作品が何を言われようと私の作品ではないので何とも思わないが、やはりお客様が「はだかの王様」になってコケにされるのは、いやなのです。それで企画段階でご依頼者様に思い切って――とはいえもちろん婉曲に――提案をさせていただきます。

「あのう、お客様のご提示の方針は、さすがお見事なのですが、見ようによっては、どこかちょっと綻びがあるかなー、なんて、思われかねない可能性がありますので、もしよろしければ、コレコレこういう風にすれば、そのへんの不安はずいぶん減ると思うのですが……」

 さすがにここまでしなきゃいけないケースは、よっぽどですがね。

 細(ほそ)い事業なので、仕事は欲しい。どんなご依頼も引き受けたい。だから、ご依頼者に「あんたこれ間違ってるよ」なんて無理な言い方はできない。一緒に考える――かっこよくいえば共犯関係。そういう感じにもっていくわけです。仲良きことは良きことですから。

文商 文田中

ふみしょう たなか