第1章 代筆家のおしごと
余はいかにして代筆家となりにしか
4.新「小説で食べていく」ビジネスの実現?
代筆家稼業を通して、「小説を書いて生きていく」という新しいあり方を開拓できたんじゃないかなと思っています。
小説に限らず文章全体で考えたら、新聞記者やWEBライターなど、食っていくための職業はいろいろあるんですが、小説はどうでしょう? 基本的に、新人賞を取ってデビューしたり、小説投稿サイトで見出されて書籍化した、いわゆる職業小説家の世界です。権威者に認められ、継続して作品を生み出し、安定的に読者に愛される人のみに許された職業なのです。狭き門ですね。
私は幼い頃から「自分の好きなことをやって生きていきたい」という気持ちが強く、大学時代は小説サークルに入っていたので、みんなが公務員試験や就職活動を頑張っている時も、「小説書いて生きていけたらいいなあ」とのんきなことを考えていました。しかし一体世の中のどこに、そんな就職があるでしょう? 最短ルートは石原慎太郎のように大学のうちに新人賞をとって作家デビューすることなんでしょうけど、不思議なことに私は、全然プロの作家になりたいという気持ちがありませんでした。ただもう、自分の好きなこと書いて生きていければそれでいいやと。実のところ、幼稚なモラトリアム、関心のないことを悉(ことごと)くサボタージュしようとする怠惰のあらわれに過ぎません。
それでもいろいろ物色して、最初はテレビゲームのシナリオ屋さんになりました。小説ではないけれど、少なくともクリエイティブの端っこにこぎつけたからいいか、と。普通はそうやって妥協していくもんです。その後、人生の回り道をして、今現在小説のゴーストライティングにたどりつき、学生時代の理想を何分の一かは実現できたかなあ、と思っています。
もっとも、世間一般の認識でいったら、ゴースト小説家と職業小説家は大きく違うでしょう。ゴースト小説家は自分の好きなテーマを書いているわけではありません。ご依頼者の意向にそって制作し、作業の対価を頂戴する。自身の思想信条や文芸的評価は無関係。
しかし、実際のプロのありようを見ていれば、あながち大差がないように思います。
平成の半ばくらいでしょうか、インターネット上に小説投稿サイトが生まれて、なろう系を代表とするライト層向け文芸の潮流が生まれました。本の売れない出版社がそこで小説家の青田買いをし、サイト上で人気が出ている作品に書籍化を打診したり、ジャンルや世代を絞り込んだオンラインコンテストを催して候補作を合理的に募るなどしたわけです。結果、それまでサラリーマンをしながら趣味の日曜ウェブ小説家を決め込んでいた人々が、晴れて本物の小説家としてデビューするという和製アメリカンドリームがはじまりました。
二匹目のどじょうを求める人々――彼らはワナビと呼ばれますが――が押しかけ、そこからまた多くの作品が世に問われることになります。選ばれた人がデビュー2、3作で多少あたり「俺もう作家じゃん」と、サラリーマンを辞めて小説家を本業にする人が出てくるのは自然の流れでしょう。しかしそこが地獄の入り口です。少ない印税で社会保険もなく、雇用関係がないので時間度外視でこき使われる。売れ筋の物しか書かせてもらえず、付け焼刃の知識で書いて、赤を入れられつっかえされ、挙句の果てに契約で揉める――「やりがい搾取(さくしゅ)」という言葉がぴったりくる、出版社奴隷の完成です。よほどの特性がない限りつぶしの効かない商売で、「続けるも地獄、やめるも地獄」の修羅(しゅら)の道が待っています。好きなことを書いてやっていける人は、上層も上層、ごく一握りの一流のみ。その人たちも相当な苦節を経てそこに至っています。そこまで行きつける人はいいのですが、すそ野には膨大な屍(しかばね)が転がっているのです。
そういう仕事に比べれば、ゴーストライティングの小説作成は、ずっと平和です。自分の真に書きたいものが書けるわけではないのは、職業小説家もゴーストライターも、もはや大して変わりませんが、与えられたテーマの中での提案は、わりかし採用していただけますし、よほど逸脱しない限り赤を入れられることもありません。商業視点(流行やターゲット)は二義的なので、内容に注力でき、ご依頼者も私も高い創作体験を経ることができます。お金の話はなるべく小さな声でしたいものですが、いままでご依頼者の方々と問題になったことはありません。
どうです? 新「小説で食べていく」スタイル。ゴースト小説家も悪くはないと思いませんか?
ああでも、自分の名前を残したいとか、作品が自分の権利物であってほしいという人は、ゴーストライターではそれができませんので、泥を啜(すす)ってでもプロを目指すのがいいかもしれません。単純に「売れたい」とか、作品の重版で稼ぎたい人も同様です。しかし稼ぎたいなら、なにも小説じゃなくても、もっと効率のいい方法は世の中にいっぱいあると思います。
ちなみに、私がプロ小説家に興味を持てないのは、基本的にプロは出版社あってのビジネスで、そこに嫌悪感があるからです。私は自分の名前や作品を、他社を通じて社会にさらすことに魅力を感じません。ゴーストライティングのお仕事はすべて直(ちょく)受け。私は代理店等を挿(はさ)みません。
くわえていうと、自分の作品はあくまで自分の作品。こんな私も、ご依頼者の作品を扱う一方で、時間を見つけて自分の小説作品を書き、身の回りで小さく公開して楽しむ――といったことをやっています。仕事と趣味は、やはり分けなきゃいけないですよ。